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    紅房子(5)

    時間: 2021-08-07    進入日語論壇
    核心提示: 実際何でもない事です。若(も)し私がその儘(まま)その事件を忘れて了いさえしたら、それっ限(き)りの話だったのです。ところが
    (單詞翻譯:雙擊或拖選)
     実際何でもない事です。()し私がその(まま)その事件を忘れて了いさえしたら、それっ()りの話だったのです。ところが、翌日眼を(さま)した時、私は前夜の一寸(ちょっと)した出來事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。
    「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」
     私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは()え、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM醫院などへ擔ぎ込ませたのでしょう。
    「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の點いた家がある……」
     というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、
    「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の醫者がある」
     と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の(やぶ)醫者で、しかも外科の方は出來るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた(はず)なのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議な心理狀態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘(どうわす)れとでも云うのでしょうか。
     私は少し気懸りになって來たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM醫院の診察室で死んだ鹽梅(あんばい)なのです。どこの醫者でもそんな怪我人なんか擔ぎ込まれるのは(いや)がるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM醫院ではいくら戸を叩いても、何のかんのと云って卻々(なかなか)開けて呉れなかったらしいのです。さんざん(ひま)どらせた挙句やっと怪我人を擔ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM醫院の主が「私は専門醫でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、(あるい)は怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不當に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。
     私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

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